対談: Yaso(Y), Mendips(M)Y:今日のテーマは「自分が変わっていなかったら、何も学んでいないと思えばいい」ということですが、これはなかなか耳が痛い話ですね。M:そうですね、養老孟司先生もよくおっしゃる通り、人間は意識しないとすぐに「脳化」して、頭の中の記号の世界に閉じこもってしまいがちです。変化しないというのは、まさしくそのサインかもしれません。ビジネスの世界は常に動いていますから、そこで停滞を選ぶことは、実質的に後退を選んでいるのと同じことなんです。Y:なるほど。変化の重要性は理解できますが、一方で「変わりすぎること」にも弊害がある、とMさんは指摘されていますね。一体どれくらいの変化が理想なのでしょう?M:おっしゃる通り、ただ闇雲に変わり続ければ良いというわけではありません。まず、変化とは単に新しいスキルを習得するだけでなく、既存の知識を深掘りしたり、異なる視点を取り入れたりすることも含みます。これらのプロセスすべてが「学び」であり、私たちの脳に新しい回路を作っていくんです。Y:具体的に、学びと成長の相関を示すデータはありますか?M:はい。興味深いデータがありますよ。ある調査では、継続的に学習機会を得ている従業員は、そうでない従業員に比べてキャリアの満足度が20%高く、生産性も平均15%向上するという結果が出ています。また、従業員のスキルアップに投資している企業は、そうでない企業に比べて売上成長率が3年後には平均7%高くなるという報告もあります。これは、個人の学びが組織全体の成長に直結している証拠です。Y:数字で見ると説得力がありますね。では、もし変化を止めてしまったら、どんなコストが生じるんでしょうか?M:そのコストは甚大です。まず、機会損失です。市場は絶えず新しいニーズを生み出し、競合は常に新しいビジネスモデルを導入しています。変化を拒んで現状維持に甘んじていれば、他社に市場を奪われるリスクが高まります。例えば、ある小売業者がオンライン販売の重要性を見過ごし、既存のやり方に固執した結果、急速にシェアを失った事例は良い教訓です。Y:過去の成功体験が、足かせになるわけですね。M:まさにその通りです。次に、競争力の低下も避けられません。現代はデジタル化の波が押し寄せていて、AIやデータ分析のような新しいスキルが次々と求められています。もし個人がこれらの能力を身につけなければ、市場価値は確実に低下します。ある分析では、今後5年間に必要とされるスキルの約40%が現在とは異なるものになると予測されています。個人が学ばなければ、企業は外部から人材を補充するしかなくなり、採用コストが増えたり、既存従業員のモチベーションが下がったりする可能性もあります。Y:イノベーションの阻害も、見過ごせないコストだと。M:ええ。変化を嫌い、現状維持をよしとする文化が根付くと、新しいアイデアが生まれにくくなります。過去の成功体験にしがみつき、新しい価値を創造しようとしない企業は、成長のエンジンそのものを停止させてしまうことになります。実際に、変化への抵抗が強い組織は、そうでない組織に比べてイノベーションの成功率が平均で25%低いというデータもあります。これは、企業の未来を左右する非常に重要な指標なんです。Y:そこまで聞くと、やはり変化は不可欠だと感じますが、おっしゃる「変わりすぎ」の弊害とは具体的にどんなことでしょうか?M:はい、それが難しいところです。例えば、新しい技術やトレンドに片っ端から手を出してしまい、どれも中途半端に終わってしまうケースがありますよね。これでは、特定の分野での専門性を深める機会を失い、自身のキャリアの軸が定まらなくなります。Y:組織でも同じことが言えそうですね。M:ええ。あまりに頻繁に戦略や方針が変わると、従業員は混乱し、モチベーションが下がって生産性も落ちます。頻繁な組織変更を経験する企業は、従業員のエンゲージメントが平均で10%低いというデータもあるんです。これは、常に変化し続けることだけを追求するのではなく、変化の質と方向性を見極めることがいかに重要かを示しています。Y:では、「どれくらい変わればよいのか」という問いに対する答えは?M:それは、「目的を持った戦略的な変化」であるべきだと考えます。「小さな変化」は、日々の習慣や思考パターンに新しい視点を取り入れることから始められます。例えば、これまで読まなかった本を手に取ったり、異業種交流会に参加したりする。こうした「マイクロ変化」の積み重ねが、やがて大きな思考の変化につながるんです。Y:なるほど、日々の積み重ねが大事だと。では「大きな変化」とは?M:「大きな変化」は、キャリアの方向性を大きく転換したり、新しい事業分野に参入したりといった、より本質的でリスクを伴うものです。これには入念な計画と分析、そして周囲の協力が不可欠です。大きな変化は、これまでの固定観念を根本から問い直す作業であり、大きな成長の機会をもたらしますが、同時に失敗のリスクも伴います。重要なのは、闇雲に変えるのではなく、自身の状況、目標、リスク許容度に応じて、変化の「量」と「質」を見極めることです。Y:養老先生もこの「変化」について、深く考察されていますよね。特に「脳化」という言葉が印象的です。M:まさにその通りです。養老先生は、現代人が情報過多な社会で、現実世界から切り離された記号的な知識ばかりを偏重し、それがすべてであるかのように錯覚する「脳化」に警鐘を鳴らしています。インターネットで知識を得ただけで、あたかも理解した気になっている状態ですね。しかし、それでは物事の本質は見えてきません。Y:たしかに、データばかり見て現場を見ない、というのはビジネスでもよくある話です。M:ええ。養老先生が強調するのは「現実への回帰」です。つまり、記号化された情報を鵜呑みにするのではなく、自らの身体を通して現実世界と直接的に関わることの重要性です。実際に顧客の声を聞いたり、製品を使っている様子を観察したりすることで、データだけでは見えなかった本質的な課題やニーズを発見できるんです。これは、まさに身体を通じた深い学びであり、脳だけでは到達できない境地です。Y:その思想は、日本の「不易流行」にも通じるとの考えなのですね。M:はい。「不易」とは、時代が変わっても変わらない本質的なもの、普遍的な価値。そして「流行」とは、常に変化し続ける新しいものです。企業で言えば、理念や顧客への価値提供が「不易」であり、市場や技術の変化への対応が「流行」です。闇雲に変わり続けるのではなく、何を変えて、何を変えないのかを見極める洞察力が、持続的な成長には不可欠です。養老先生が説く「現実」との対峙は、この「不易」を見極める感覚を研ぎ澄ませることにもつながると思っています。Y:つまり、「自分が変わっていなかったら、何も学んでいないと思えばいい」という言葉は、私たちに常に問いかけられている命題であり、その変化はただの流行を追うのではなく、本質を見極めた戦略的なものであるべきだということですね。引用元PwC Skills Gap Survey 2023Deloitte Global Human Capital Trends 2024World Economic Forum, The Future of Jobs Report 2023養老孟司 著書各種(『バカの壁』『身体の文学』など)