経営者が学ぶべき、本居宣長の古の道今日の事業環境は、目まぐるしい変化と絶え間ない刷新の波にさらされています。新たな技術の登場、市場の国際化、そして顧客の要望の多様化は、企業に常に「新しい価値」の創出を求めています。しかし、このような激しい時代だからこそ、私たちは一見過去のものに見える思想から、現代に通じる深い洞察を得られるかもしれません。本稿では、江戸時代の思想家、本居宣長(もとおりのりなが)が提唱した「古学古道論(こがくこどうろん)」に焦点を当て、彼の思想が現代の経営者にとって、いかに多くの示唆に富むものであるかを考察します。青年期の葛藤が育んだ探求心、商売人から思想家へ本居宣長は、1730年(享保15年)に伊勢国松坂(現在の三重県松阪市)の裕福な木綿仲買商、小津家の次男として生まれました。幼名は富之助といい、家業を手広く営む家庭で育ちました。当時は江戸にも出店を持つほどの繁盛ぶりで、両親は彼に商売を継ぐことを期待していました。しかし、少年期の宣長は、どうにも生来の商売人肌ではありませんでした。16歳で江戸の叔父の店に奉公に出されますが、「本を読む時間がない」という理由でわずか1年で帰郷してしまいます。その後、紙問屋の養子となるも3年足らずで離縁、22歳で再び家業を継いだものの、やはり商売は性に合わず長続きしませんでした。彼の心は常に、書物と学問の世界にあったのです。商売への不向きを見かねた母は、宣長に医師の道を進むよう勧めました。この母の計らいにより、23歳で京都へ旅立ち、医学を学ぶことになります。京都での遊学中、彼は医学だけでなく、当時の学問の主流であった儒学(朱子学)も学びました。そしてこの時期、彼は偶然にも、契沖(けいちゅう)の古典研究に触れ、日本の古き言葉や古典文学に強い関心を抱くようになります。この京都での学びと古典との出会いが、彼の人生の転機となり、後の「国学」へと繋がる探求心の源泉となったのです。1757年(宝暦7年)、28歳で松坂に戻り、内科・小児科医を開業。医業の傍ら、日本の古典研究に没頭し、「鈴屋(すずのや)」と号した自宅で、多くの門人を集め講義を行いました。商売の才には恵まれなかった青年が、生涯を賭ける「道」を見出した瞬間でした。宣長の古学古道論とは、簡単に言えば、儒教や仏教といった国外の考え方に染まる以前の、日本の「古(いにしえ)」に存在した純粋な精神や文化、すなわち「古道」を探求する試みです。彼は、中国の古典や仏教経典を通して物事を理解しようとする当時の主流派に対して、『古事記』や『万葉集』といった日本固有の古典を徹底的に研究することで、日本独自の価値観や感情(「もののあはれ」など)を明らかにしようとしました。この探求は、まさに現代の事業活動における「真価」を見極める作業と重なります。表面的な流行を超え、真価を掘り起こす視点現代の事業環境では、私たちは日々、新しい流行や枠組み、専門用語に囲まれています。これらは確かに重要ですが、本質を見失い、表面的な導入に終始すれば、真の価値は生まれません。宣長が、当時の国外思想の流行に惑わされず、自国の古典という「原点情報」に立ち返ったように、現代の経営者もまた、自社の顧客、提供する品々、そして市場の「真価」とは何かを深く掘り下げる必要があります。たとえば、顧客の本当の要望を理解するには、単なる調査や数値分析だけでなく、宣長が『源氏物語』に深く没入したように、顧客の感情や行動の「なぜ」を深く探る共感する力が求められます。数値はデータとして現れますが、その背景にある「もののあはれ」のような繊細な感情は、深い洞察からしか掴めません。顧客がサービス利用をやめる率が5%増加したという数字の裏には、提供するサービスの些細な変更が顧客の心理に与えた負の影響があるかもしれません。宣長が古語の一字一句にまでこだわり、その本来の意味を追求したように、事業においても、顧客の声や市場の兆候を徹底的に「古学」する姿勢が不可欠です。言霊と組織の目指す姿宣長は、言葉には霊的な力が宿るという「言霊(ことだま)」の考え方を重視しました。言葉が持つ力は、現代の企業のあり方を示す上で極めて重要です。企業が掲げる「存在意義」や「未来への展望」は、単なる美しい言葉の羅列であってはなりません。それが本当に働く人々の心を動かし、顧客に共感を呼び、行動を促す「言霊」となり得るか。たとえば、ある企業の持続可能性に対する約束が、単なる建前ではなく、従業員の行動の規範となり、顧客の購入動機にまで影響を与えるのであれば、それはまさに「言霊」の力を宿していると言えるでしょう。データによると、明確な「存在意義」を持つ企業は、そうでない企業に比べて従業員の活動意欲が1.4倍高く、市場での成長率も3倍以上になるという調査結果があります。宣長は、真の言葉は人々の心に直接響き、行動を促すと信じました。現代の企業も、自らの存在意義や提供する価値を「古道」の精神で深く掘り下げ、真の「言霊」を持つ企業像を構築することが、安定した成長への鍵となります。徹底的な検証と本物の知識の追求宣長の古学古道論は、単なる感情論ではありませんでした。彼は、古典を徹底的に読み込み、その真偽を厳しく検証する実証的な姿勢を貫きました。その研究は膨大であり、たとえば『古事記伝』を完成させるまでに35年という歳月を費やし、その記述は44巻にも及びます。これは、現代の企業における研究開発や市場の調査、数値分析に対する姿勢と共通します。表面的な情報に惑わされず、根気強く、徹底的に事実と本質を追求する。現代において、人工知能が扱う膨大なデータは、多くの情報をもたらしますが、それらを真に意味のある知識へと昇華させるには、宣長のような「検証と探求の精神」が不可欠です。データ量が毎年約30%増加しているとされる現代において、その真偽を見極め、本質的な洞察を引き出す能力は、ますます重要になっています。宣長の実証的な態度は、まさに「情報の洪水」時代を生き抜くための、揺るぎない指針となるでしょう。抽象化された古道の再構築宣長の思想をさらに深く掘り下げると、彼は単に古いものに戻ろうとしたわけではありません。むしろ、時代の移り変わりの中で失われ、あるいは変質してしまった「真価」を、緻密な文献研究と考証によって再構築しようとしたのです。これは、現代の事業における「デジタルによる変革」の真髄にも通じます。多くの企業がデジタル化を進めながら、既存業務の単なる電子化に留まってしまいがちです。しかし、真の変革とは、宣長が古道を「再発見」したように、顧客体験や事業の進め方、企業文化といったものを根本から見直し、新たな技術によって新しい価値創造の「道」を切り拓くことです。これは、過去の成功体験や既存の思考様式に囚われず、まるで宣長が儒教の「束縛」から逃れて古の日本人の精神を解き明かそうとしたように、大胆な視点の転換を要求します。たとえば、継続利用型のサービスが増えたことは、品物を売るという「古き道」から、体験や提供を続けるという「新しい古道」への回帰とも言えます。顧客が製品を所有する喜びから、継続的な価値享受へと要望が変化していることを捉え、事業の仕組みを再構築する。これは、宣長が「もののあはれ」という日本人の根源的な感情に立ち返ったように、顧客のより深い満足感という「真価」を追求する姿勢です。現代の企業が直面する課題は、情報過多、複雑な供給網、そして予測不可能な市場の動きです。宣長は、乱れた世を正すには、まず「道の正しさ」を知る必要があると考えました。現代の経営者も、複雑な状況の中で「自社のあるべき道」を見出すために、彼の思想から学びを得られます。それは、表層的な流行に惑わされず、自社の存在意義、顧客への提供価値、そして組織の文化といった根源的な部分を徹底的に問い直し、そこに現代の技術を融合させることで、安定した成長を実現する「新しい古道」を創造する作業に他なりません。宣長の言葉に学ぶ道の真髄宣長は、その膨大な研究の成果をまとめた『古事記伝』の中で、このような印象的な一節を残しています。「世の中は、さこそありぬとも、我が身の心さへ、まことの道にしあれば、おのづからよき世にこそあれ」この言葉は、現代の経営者にとって深い示唆を与えます。「世の中がいかに混乱し、不確実であっても、自分の心、つまり企業としての本質的なあり方、目指すべき道が真実であれば、おのずと良い結果(良い世)が生まれる」と解釈できるでしょう。これは、外部環境の激変に一喜一憂するのではなく、企業の核となる価値や倫理、顧客への真摯な姿勢といった「まことの道」を堅持することの重要性を説いています。短期的な利益追求に走りがちな現代において、この宣長の言葉は、長期的な視点と揺るぎない信念を持つことの価値を改めて私たちに問いかけているのです。また、宣長は歌の世界においても、その真髄を深く探求しました。彼の著書『もののあはれについて』の一節で、「うたのよむべきことは、まことのこころをよむことなり」これは、歌の本質が「飾られた言葉ではなく、真の心、偽りのない感情を詠むこと」にあるという教えです。この一節は、現代の企業活動における「物語性(ナラティブ)」や「信頼性」の重要性と響き合います。企業が発信するメッセージが、単なる広告文句ではなく、製品やサービスに込められた「まことのこころ」、つまり開発者の情熱や顧客への真摯な思いが伝わるものであれば、それは人々の心に深く響き、真の共感を生むでしょう。SNSやレビューサイトによって消費者の声が瞬時に拡散される現代において、企業が「偽りのない感情」を伝え、透明性を保つことは、かつてないほど重要になっています。表面的なマーケティング戦略だけでは、顧客の心を掴み続けることは困難です。宣長が説いたように、真の感動は、飾らない「まことのこころ」から生まれるのです。古の道が示す未来の羅針盤本居宣長の古学古道論は、一見すると現代の事業とはかけ離れた世界のように思えるかもしれません。しかし、その根底にある「真価を追求する」「言葉の力を信じる」「徹底的に検証する」という精神は、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性という困難な時代において、企業が羅針盤を見失わずに進むための重要な示唆を与えてくれます。新しい技術や流行に飛びつく前に、私たちは一度立ち止まり、自社の「古道」、すなわち創業の精神、顧客との根源的なつながり、そして提供する品々が持つ真の価値とは何かを深く見つめ直す必要があるのではないでしょうか。宣長が日本の「古」に帰り着いたように、現代の経営者もまた、自らの「本質」に立ち返ることで、持続可能で、かつ真に人々の心に響く価値を創造できるはずです。過去の英知に学び、未来を切り拓く。それが、本居宣長の古学古道論が現代に問いかける、最も重要なメッセージです。引用元本居宣長に関する歴史文献および研究書『古事記伝』本居宣長記念館の公開資料企業文化と成長に関する経営研究機関の報告書事業運営における革新と本質探求に関する論文顧客行動の変化に関する市場調査報告書『もののあはれについて』(本居宣長)