サム・アルトマンCEOは社内向けに「Spud(スパッド)」というコードネームで呼ばれる次世代モデルの事前学習を完了させたと伝えた。「このモデルは経済を本当に加速できる」と語ったとされ、数週間以内のリリースを示唆しています。ポテトを意味するユニークなコードネームとは裏腹に、OpenAIの戦略的な意図は極めて明確です。この出来事は単なるモデルアップデートではありません。OpenAIが「作る」から「動かす」へ、つまりコンテンツ生成から自律的なエージェント実行へと軸足を移しつつある、大きな転換点を示しています。Sora廃止からOpenClaw開発者の採用、ジョニー・アイヴとの次世代デバイス開発まで、一連の動きはすべてひとつの方向を指し示しています。競争の激化と構造改革OpenAIは2023年のChatGPTブーム以来、AIアシスタントの代名詞として君臨してきました。しかし2025年後半から状況は変わり始めています。Anthropicの「Claude」は法人向けに急速にシェアを伸ばし、2025年末には企業向けAI市場でOpenAIの27%に対しAnthropicが40%を占めるまでになっています。Googleの「Gemini」も一般ユーザー市場での追い上げを見せており、OpenAIは少なくとも2025年12月以降、社内で「コードレッド(緊急事態)」として競争激化に対応してきたと報じられています。こうした環境のなかでアルトマンは、安全チームと安全保障チームへの直接的な監督を手放し、資金調達・データセンター建設・サプライチェーンの整備に集中すると社内に伝えました。安全チームはマーク・チェンCROに、安全保障チームはグレッグ・ブロックマン社長に引き継がれています。批判的な見方をすれば、AIの最前線にいる企業のCEOが安全監督を委任したとも受け取れますが、アルトマンはこれをIPO前の「経営の集中」と位置づけているようです。アプリケーション部門を率いるフィジ・シモCEOは社員に対し「われわれは多くのアプリに力を分散させすぎた。Anthropicが急速に企業顧客を獲得するなか、脇道にそれる余裕はない」と直接的に伝えたとされます。その言葉通り、Soraの廃止・ショッピング機能の縮小・プロダクト部門の「AGIデプロイメント」への改名と、矢継ぎ早の施策が打ち出されています。こうした構造改革の中心に据えられているのが、Spud(スパッド)です。コードネーム「Spud(スパッド)」とは報道によれば、SpudはOpenAIの次期主力言語モデルです。GPT-5.5なのかGPT-6なのかは明らかにされていませんが、アルトマンが社員に対して「これまでにない全く新しい能力を持つ」と語ったとされていることから、単なる反復的な性能向上ではない可能性があります。Spudの役割は単独のモデルにとどまりません。OpenAIが構築を進めている「スーパーアプリ」の核となる存在です。このスーパーアプリはChatGPT・コーディングツールのCodex・ブラウザのAtlasを1つのインターフェースに統合するもので、チャット・コード生成・ウェブ閲覧・エージェント実行をすべて単一の体験として提供することを目指しています。Spudがそれだけの性能を持つモデルであれば、今後の統合アプリのバックボーンとして十分機能し得ます。Soraが廃止された最大の理由も、Spudへの計算資源集中です。ビデオ生成は膨大なGPUパワーを消費する一方で、APIアクセスがなく企業利用が難しく、RunwayやKling、Googleのveoといった競合に市場シェアを奪われていました。ディズニーとの10億ドル(約1500億円)規模のライセンス契約も破談になったことが伝えられており、OpenAIがSoraを切り捨ててでもSpudに全力を振り向けたことの重さが伝わります。OpenClaw開発者の採用 エージェントAIの新しい戦場SpudをめぐるOpenAIの戦略において、もうひとつ見逃せない動きがあります。2026年2月、オーストリア人ソフトウェア開発者ピーター・シュタインバーガーの採用です。彼は「OpenClaw(オープンクロー)」と呼ばれる自律型AIエージェントの作者です。OpenClawの来歴は独特です。シュタインバーガーは2021年にPDFツールキット会社PSPDFKitをインサイトパートナーズに売却した後、AI探索のプロジェクトとして2025年11月に「Clawdbot」を公開しました。これはAnthropicのClaudeをベースにしたホワイツアップ経由の自動化ツールで、受信トレイの整理・レストランの予約・フライトのチェックインといった日常タスクをAIに任せられるというものでした。その後、Anthropicからの商標上の異議申し立てを受けて名称を変更し、最終的に「OpenClaw」として再出発した同ツールは爆発的な成長を遂げます。GitHubのスター数は25万を超え、週間訪問者数は200万人に達し、1月から2月にかけての普及速度はReactを抜いて非集計プロジェクトとしては史上最多のスターを記録しました。運用コストは月に2万ドル(約300万円)に達していたといいます。セキュリティの面では問題も指摘されています。OpenClawはメールアカウント・カレンダー・メッセージングアプリに幅広くアクセスするため、ガートナーは「デフォルトで安全でない設計」と批評し、シスコのセキュリティ研究者は「セキュリティの悪夢」と表現しました。実際に、MetaのAIアライメントディレクターの受信トレイを停止命令を繰り返した後も消去し続けるという事例も報じられています。にもかかわらずアルトマンはシュタインバーガーを「非常にスマートなエージェントが互いにやり取りして人々のために有用なことをする未来について、素晴らしいアイデアを持つ天才」と評し、採用を決めました。シュタインバーガー自身が掲げる目標はシンプルです。「お母さんでも使えるエージェントを作ること」。彼はメタやマイクロソフトからも引き合いがあった(マイクロソフトのサティア・ナデラCEOが直接連絡してきたとも伝えられています)なかで、「オープンソースを維持する」というOpenAIの約束を条件に入社を決断しました。皮肉なことに、OpenClawは元々Anthropicのモデルを使っていたため最大のAPI利用顧客のひとつでもありましたが、Anthropicの商標執行がシュタインバーガーをOpenAIへと後押しした形になりました。アルトマンは「未来は極めてマルチエージェント的になる。オープンソースを支援することが重要だ」と述べており、OpenClawはオープンソース財団として独立を保ちつつ、OpenAIが支援する形をとります。エヌビディアのジェンスン・ファンCEOもGTC2026で「OpenClawはLinux、Kubernetes、HTMLと同じくらい重要なツールになる」と発言しており、業界全体がこの動きを次のパラダイムシフトとして注目しています。ジョニーアイヴのデバイス 持ち歩けるエージェントSpudとエージェント技術への集中投資は、OpenAIがもうひとつ進めているプロジェクトと組み合わせると、さらに大きな意味を持ちます。2025年5月、OpenAIは元アップルのチーフデザインオフィサー、ジョニー・アイヴが設立したスタートアップ「io」を65億ドル(約9750億円)で買収しました。アイヴはiPod・iPhone・iPadを世に送り出したデザイナーです。2026年後半のリリースを目標とするこのデバイスについて、アルトマンは「スマートフォンよりも穏やかな体験になる」と述べており、シンプルさと遊び心を大切にしたいと語っています。法廷文書で明らかになったところによれば、デバイスはイヤホン型でも腕時計型でもなく、スクリーンを持たない手のひらサイズのものになる可能性が高いとされています。音声・カメラ・マイクを通じて周囲の環境を把握し、ユーザーのリクエストに応答する設計が想定されています。コードネームとしては「Sweetpea(スイートピー)」や「Gumdrop(グムドロップ)」といった名前も取り沙汰されています。100万台を「これまでのどの企業よりも速く」出荷するという目標をアルトマンが社内で語ったとされており、OpenAIはこのデバイスを単なる端末ではなく、AIエージェントの物理的な窓口として位置づけていると考えられます。すべての点がつながる瞬間ここまでの3つの動き、Spudの開発・OpenClaw開発者の採用・アイヴのデバイス、を並べると、OpenAIの構想が浮かび上がります。それは「どこにでもいるエージェント」の実現です。Spudは、チャット・コード・ウェブ閲覧・エージェント実行すべてを賄える強力な基盤モデルです。OpenClawが証明したのは、ユーザーが本当に欲しいのは「話しかけられるAI」ではなく「代わりに動いてくれるAI」だということです。そしてアイヴのデバイスは、そうしたエージェント体験をスマートフォンという既存デバイスから解放し、より自然な形で日常に溶け込ませるための器です。Soraの廃止はその文脈で読むと必然的です。ビデオ生成は視覚的なコンテンツを作るもので、エージェントが行動するためのプラットフォームではありません。OpenAIは「見る」より「動く」を選んだのです。ただし課題も明確です。OpenClawが示したように、エージェントが自律的に動けば動くほどセキュリティと倫理のリスクは高まります。ガートナーの調査では、現時点でAIエージェントを本番環境で稼働させている組織はわずか8%にとどまり、13ステップを超えるエージェントワークフローの成功率は50%を下回ると推定されています。「お母さんでも使えるエージェント」を安全に作ることは、技術的にも設計的にも、まだ解かれていない問いです。アルトマンが安全監督を委任してSpudとインフラに全力投球するという決断は、競争に勝つための合理的な判断ではあるものの、安全と速度のトレードオフという古くて新しい問題を改めて浮き彫りにしています。OpenAIが標榜するAGI(汎用人工知能)への道のりで、今後どのようにこのバランスを保つかが最大の問いになりそうです。企業向け市場での巻き返しを狙い、IPOに向けて財務体質を整え、エージェントとハードウェアで次のプラットフォームを押さえようとするOpenAIの動きは、いよいよその本気度を示しています。Spudというコードネームが何を意味するのかはまだわかりませんが、それがリリースされる数週間後には、AI業界の地図が少し変わっているかもしれません。参考文献The Information: OpenAI CEO Shifts Responsibilities, Preps 'Spud' AI Model (2026年3月)Wall Street Journal: OpenAI Kills Sora, Redirects Resources to Productivity Tools (2026年3月)VentureBeat: OpenAI's acquisition of OpenClaw signals the beginning of the end of the ChatGPT era (2026年2月)Fortune: OpenAI's OpenClaw hire signals a new phase in the AI agent race (2026年2月)Engadget: OpenAI has hired the developer behind AI agent OpenClaw (2026年2月)Bloomberg: OpenAI Hires OpenClaw AI Agent Developer Steinberger (2026年2月)InfoWorld: OpenAI hires OpenClaw founder as AI agent race intensifies (2026年2月)Wikipedia: OpenClaw (2026年3月)Next Platform: Nvidia Says OpenClaw Is To Agentic AI What GPT Was To Chattybots (2026年3月)Axios: OpenAI aims to debut first device in 2026, exec tells Axios (2026年1月)Axios: OpenAI's 'secret' new device is coming: What Altman, Ive have said so far (2026年1月)Built In: OpenAI's New Device: What We Know So Far (2026年2月)TechCrunch: OpenAI and Jony Ive may be struggling to figure out their AI device (2025年10月)TechRadar: 2026 could be the year we move beyond smartphones (2026年1月)Tom's Guide: OpenAI just killed Sora as company readies IPO and new 'Spud' model (2026年3月)Geeky Gadgets: ChatGPT "Spud": What We Know About OpenAI's Next GPT AI Model Evolution (2026年3月)